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結成時から最新ライブまで─マギーの解説付き
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1992年8月
旗揚げライブ

『ふりむけばじょびじょば』

明治大学551ホール(3公演)
ふりむけばじょびじょば
「一発目はホントに夏の暇つぶし。女優もいたし11人もいたし、今のジョビの原型はまだない頃。こんときはオムニバスをやって、六角演出のなんだかわかんない短編や、坂田演出の心あたたまるなんだかわかんない短編、オレの演出したショートコント三本なんかをやった。大学のホールでやったんだけど、とにかく暑い。舞台上は多分40度ぐらい? お客さんも少なかったなぁ、お昼のステージ、13人。まぁでもコレがなきゃ何も始まってないわけで、まさに『ふりむけば』ってカンジ。当時はそんなこと考えちゃいなかったけどね」

1993年3月
vol.2

『ジョビジョバ大作戦』

明治大学551ホール(3公演)
ジョビジョバ大作戦
木下明水作・演出、マギー演出補。石倉力を除く現5人のメンバーと、木村隆晴氏の男6人のキャストで公演。
「明水がサークルのために書いた本が上演されなかったんで、一年生だけでやろうぜってジョビジョバ再召集。男だけしか出ない本だったから男だけ召集。これがジョビジョバの原型のはじまり。はじまりはいつも偶然。男だけの部活っぽさが気持ち良くて、今もそのノリは続いてる。この頃はホントにナニからナニまで自分らでやってたなぁ。物語は近未来の高層ビルが舞台、オレと明水はロボット役。オレは演出補佐だったけど結局しきりはじめちゃった。いろんなタイプのギャグが入ってるって部分では、今やってるモノの片鱗はあったかもね」


1993年7月、Jovi Jova Start
作・演出をマギーこと児島雄一が務めることになり、
「vol.5までやって観客動員が500人いかなかったら解散」
を公約に、ジョビジョバとしての本格活動を決意。
8月に石倉力が正式参加。


1993年9月
vol.3

『ジョビジョバ大旋風』

明治大学551ホール(5公演)
ジョビジョバ大旋風
「オレの初作、演出作品。戦争映画の様式をかりた上官と兵隊の話。オレのたてたコンセプト、『コテコテからシュールまで笑いの種類で勝負』『感動できすぎる面白さ』『カネかけないといいもんはできねぇ!』『下手なやつはしゃべらせねぇ!』当時の遊びノリから一気にプロ気取りで挑む。口コミで毎日お客さんが増えて、最終日はホールの動員記録も塗り替える騒ぎ。簡単に500人を越える動員。このときにメンバーが勘違いしちゃったんだな『オレらウレル!』って。そのイキオイで現在までやってます」

1993年12月
プロデュース#1

『ザ・芝居』

下北沢・東演パラータ(4公演)
ザ・芝居
マギー、長谷川朝晴が出演したプロデュース公演。
「仲の良かった先輩の本はショートストーリーが絡み合うコラージュ的コメディ。前回のがマグレじゃなかったんだぁ!ってお客さんの入り方。またまた最終日はイスをとっぱらって酸欠状態。坂田と六角が場内整理とかしてくれたんだよ。お客さんが入りきらなくて1時間押しとか平気でやってた。まわりにお手本がなかったからいろんな迷惑をかけてたなぁ」

1994年3月
vol.4

『ジョビジョバ大丈夫?』

池袋小劇場(5公演)
ジョビジョバ大丈夫?
「この公演、実は『大旋風』の最終日に劇場を急遽とったの。コレは春にもやっとくべきだ!って。行動力あったよね。ワレながらイキオイあったよこの頃は。物語はホラータッチの密室劇。明水の役名、ジェイソンヌ(笑)。その後“密室劇のジョビジョバ”ってなる原点。これを最後に一番のいじめられキャラだった木村君が脱退。彼がいる頃は石倉も六角も今のポジションは想像できなかっただろう。中島みゆきの『世情』がラストにかかるって定番も、こんときから」


1994年4月、現在の6人となる。


1994年6月
プロデュース#2

『限定131』

新井薬師
ウエストエンドスタジオ(1公演)
限定131
ダンサーを招き、コントとダンスで構成された一日限りのライブ。
「初めてのコントライブ。コントの作り方がわかんなくて、シュールなコントがやたら多かった。女のコダンサー三人組『桃色ピーチス』と一緒にやった映画『グリース』のパロディとかオモロかった気がする。なんせ一日だけのイベントなんで記億がとんでるよ。テーマも“やり逃げ”だったし」

1994年10月
vol.5

『ジョビジョバ大憲章』

高円寺・明石スタジオ(7公演)
ジョビジョバ大憲章
「テーマは『超大作』、アーサー王物語みたいなオオゲサな赤毛モノ。とにかく当時の小劇場じゃ信じられない規模の大仕掛けをやりまくった。でもアマチュアだったもんで事故多発。舞台監督も兼ねてた坂田はプレッシャーでまったく声がでなくなるは、長谷川はゲネプロで奈落に落ちて呼吸停止寸前、オレはロープにつられてフライングしてたら最終日、ロープがきれて4メートル落下。もう呪われた公演。このオトシマエはいつかつけたる!ってことで本多劇場で『黄金王』として復活する。いい意味でも悪い意味でもイキオイの無鉄砲さが生んだ作品だね」

1995年3月
vol.6

『ジョビジョバ大ピンチ』

下北沢・駅前劇場(6公演)
「前回が派手だったんで今回は地味めに、ってことで銀行強盗のお話。この頃もオレは“アテガキ”ってのをしてなかったから、全員でキャストオーディション大会。みんなで役を奪い合う。このときオレの目が狂ってたら、あんな名作にはならなかったかも。随分オレの脚本がこのときも評価されたけど、6人それぞれを見て欲しいってのは、今も昔も一緒。作ったほうとしちゃ他の作品とクオリティもなにも変らないけど、いろんな意味でオレらのターニングポイントになった作品」


“パルテノン多摩小劇場フェスティバル'95”に
のちに映画化とまでなった『ジョビジョバ大ピンチ』の微糖バージョンで出場。
フェスティバルをナメきった演出が効を奏したのか、見事優勝。
優勝の他、作・演出賞、観客動員賞の4部門中3部門を独占、賞金104万円獲得。




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